「母」

 

                  野田信行

母が4月に念願であった受洗の恵みに与り感謝しています。母は1934年10月に8人兄弟の長女として生まれ、今87歳です。母は家庭が裕福ではなかったために、男である弟たちには高校に行かせるために、自分は中学の卒業後に給料の良かった米軍基地に就職しました。本当は自分も高校に行きたかったけれど行けなかった思いからか、私たち子どもたちには、「教育は宝」と良く言って、本を沢山買ったり、進学を後押ししてくれました。

場所は母とは違う米軍基地で務めていた父の職場が閉鎖になり、転職をしたこともあり家庭の収入が減ってしまいましたが、母が学費を稼ぐために働いてくれたことも大きな感謝です。

我が家には母が買ったと思われる、「倫理」という雑誌があって、私も小学生の時に読んだりしていました。母はその雑誌の影響か、良く子どもたちに、「いつも弱い人の立場になって物事を考えなさい。困っている人を見かけたら助けなさい。」というようなことを口癖のように言っていました。それらは私が価値観を身に付けて行く中で、大きな影響を受けて行ったように感じます。

私が19歳の時に、免許を取りたての友人の運転でドライブに行って交通事故に遭い、3か月半入院した時には、母は一日も欠かさずに面会に来てくれました。私は長引く入院生活でのイラつきもあって、母に当たり、「何のために毎日来るのか。用が無いなら来るな。」と酷い言葉を口にしてしまいました。しかし私が中々、退院できないために、母が泣いていることを聞いた時にはとても心が痛みました。今、入院中の母とはオンライン面会しかできませんが、その時のことを思い返し、出来る限りの面会をしたいと思っています。

私が教会に通い始めてから、両親を教会に誘うと良く来てくれました。母はその影響があったのか分かりませんが、米軍基地の中にある教会でベビーシッターとして暫く務めていました。母に神を信じているのかと聞くと、「信じているよ」と以前から言っていました。受洗のタイミングを考えている中で、新型コロナウイルスの感染が広がり機会を失っていましたが、恵みに与ることができて感謝です。

洗礼を授けて、「クリスチャンになったね」と言葉を掛けると、嬉しそうに微笑んでいました。そこには聖霊の満たしによる喜びを感じました。母が「倫理」では得ることのできない真理に与ることができて感謝です。

「信仰の導き手であり、完成者であるイエスを見つめながら、走りましょう。」

ヘブライ人への手紙12章2節