星に導かれて

野田信行牧師

見よ、彼らが東方で見た星が、彼らより先に進んで、
幼な子のいる所まで行き、その上にとどまった。
彼らはその星を見て、非常な喜びにあふれた。
– マタイによる福音書2章9節~10節 –

新しい年を歩むために、主イエスの誕生を聞いた人々、それぞれの姿を通して神のメッセージを聞かせて頂きましょう。人々は様々な決断をしました。

博士たちはユダヤ人ではない異邦人だと思われますが、捕囚のユダヤ人等から聖書の預言を聞いていたと考えられ、救い主を受入れて必死に求めていました。博士たちのように神は求める者には、神は様々な方法を用いてその存在を示してお答になって下さいます。博士たちには星が用いられました。

ヘロデ王は博士たちが「ユダヤ人の王としてお生まれになったかた」を探しているのを聞いて、自分の地位を脅かす存在だと不安を感じました。ヘロデはユダヤ人の王を受入れませんでした。博士たちとは反対です。救い主を受入れない人は様々な不安を抱えて生きることになります。

祭司長たちと律法学者たちは救い主がお生まれになる場所まで知っていて、今その誕生のことを知らされました。本来なら誰よりも先に救い主の下にかけつける人たちですが、全く関心を示しません。自己中心に生きている者は聖書を知っていても救い主に無関心です。クリスチャンは彼らの態度を反面教師として学ぶ必要があります。

ヘロデから救い主がお生まれになる場所を聞いて博士たちが出発すると、東で見た星がまた現れて先に進んで行き、幼な子のいる家まで博士たちを導きました。博士たちは自分たちを救い主へと導びく星を見て大いに喜びました。博士たちはその家にはいって、ひれ伏して幼な子を拝んで礼拝し、贈り物をささげました。神を礼拝する者は自分に出来る最高のものをささげます。また、ささげることは自分自身をささげる献身を表します。

博士たちは夢でヘロデのところに帰るなとの、み告げを受けたので、他の道をとおって自分の国へ帰って行きました。これは神を礼拝して、ささげて献身した者は、来た道と同じ道を通って悪人のもとには帰らないことを表しています。

博士たちを導いた星はどのようなものでしょうか。この星は、エジプトを脱出したイスラエルの民を導いた昼の雲の柱、夜の火の柱のようです。雲の柱、火の柱は神のご臨在、神がそこにおられることを現しました。イエス・キリストご自身も明けの明星と呼ばれています。(ペテロの第二の手紙1章19節、ヨハネの黙示録22章16節)

人を導く星は神ご自身であられ、また聖霊であられ、御言葉とも言えます。星を見ると人は非常な喜びにあふれます。私たちは今年一年も博士たちの様に様々なところを通るかも知れません。しかし星の導きに従うなら、私たちは、神を礼拝し、自分自身をささげ、今までとは違う道を通る者へと変えられます。そして今年度の聖句の様に、私たち自身が星となって輝き、人を導びく者とされます。今年も星に導びかれて、博士たちのように一つとなって歩ませて頂きましょう。

2015年1月号