キリストイエスを基として

山脇 正子 副牧師

 横芝教会の献堂式に列席することができました。聖日の午後の教区のプログラムには、ほとんど参加することのできないでいるこの私も、都合をつけて何とか出席したいと思いました。それは私にとって、母教会だったからです。

 終戦後、中国から引き揚げ光町に、勝浦市にと、父方、母方と居候をしてやっと、小さな家を建て住んだのが横芝でした。その時、横芝教会も開拓期、天幕をはり来る日も来る日も集会がなされました。やがて、保育園の園舎をお借りして礼拝がもたれるようになりました。その時、私は中学生でした。教会がなく、教会学校にも行けないという私たちのために、教会が来てくれたという感じだったように思います。私は礼拝に出席するようになりました。ある礼拝後に夏季伝道にいらっしゃった修養生の導きにより信仰告白をしたのです。1953年7月のことでした。

 静かに目をとじていると 「あなたがたの切り出された岩と、あなたがたの掘り出された穴とを思いみよ」(イザヤ51:01) のみことばが、響いてくるのでした。そうだ、私はここから始まったのだ。半世紀に近い信仰の歩みをしてきた私。原点はここにあったのだと…。すばらしい礼拝堂の中に置かれてみて、横芝教会の大いなる発展の姿を見せていただきつつ、あの保育園で礼拝を捧げていた一群、あそこに教会の原点があって今があるのだと思わされたのでした。 帰りの車の中、これからもまた、おひとりの人を大切に、伝道牧会の業に励むことができたらと思ったことでした。

キリスト・イエスを基として うちたてられしみ教会は
君が血をもて買いたまいし 花嫁たちのあつまりなり

主の教会はこころみうけ あらそいにあい涙すとも
その幻を主はよみして ついに勝利を与えたまわん

この世とあめにわかれすめど み民は聖き神にありて
共に交わり共にまてり キリスト・イエスの来る日をば
          (聖歌 201)

2001年2月号