神の愛のハーモニー

古川江利子牧師

見よ、兄弟が和合して共におるのはいかに麗しく楽しいことであろう。

それは頭に注がれた尊い油がひげに流れ、アロンのひげに流れ、その衣のえりにまで流れくだるようだ。またヘルモンの露がシオンの山にくだるようだ。これは主がかしこに祝福を命じ、とこしえに命を与えられたからである。(詩篇133篇1節~3節)

このお言葉は第20回千葉聖会で与えられたお言葉です。

今月の13日は教会バザーが、11月には岩渕まことさんのコンサートも開かれます。教会は初めて!という方が来られた時、いったい何を見ているのでしょうか?

 現代は、家族が崩壊し、職場で学校で、夫婦ですら、なかなか一つになれない時代ではないでしょうか?

主がお選びになった12人ですら、イエス様と過ごした3年の間、一つとなる事が難しいかった姿を見ます。しかし、十字架と復活を経験した弟子たちを、聖書はこの様に記しています。

 彼らはみな、婦人たち、特にイエスの母マリヤ、およびイエスの兄弟たちと共に、心を合わせて、ひたすら祈をしていた。そのころ、百二十名ばかりの人々が、一団となって集まっていた。(使徒行伝1章14、15節)「見よ!」と。

ここで「兄弟たちが和合している姿」を見るのではないでしょうか?(兄弟たちが和合するとは、一つのテーブルを囲むことです。)

 ここから、あの約2000年前に誕生した世界で初めの教会の姿を思います。

そして日々心を一つにして、絶えず宮もうでをなし、家ではパンをさき、よろこびと、まごころとをもって、食事を共にし、神をさんびし、すべての人に好意を持たれていた。そして主は、救われる者を日々仲間に加えて下さったのである。(使徒行伝2章46,47節)

この事をなされた主は、今も生きておられ、私たちの主です。

ペンテコステを前に、人々がしていたのは、心を合わせた祈りでした。私たちも、十字架と復活の主イエス・キリストを仰いで、祈り続けましょう。

 キリストの体である私たちの姿を通して、目には見えない神さまのご愛をあらわす事が出来ますように。茂原教会が神の前に、地域の方々の前に麗しい神の愛のハーモニーとなって奏でる事が出来ますように!と。                     

2008年10月号